活動会員のレポート

ABICとのつながり—異世代、異分野間交流の11年

日本香港協会監事  藤川 ふじかわ 一弘 かずひろ (元 丸紅)

 現在ABIC活動の現場は離れているが、前回寄稿から久しいことや、直近のEL NEOS(Business情報誌)「私の読書スタイル」への寄稿が契機で、長年のABICでの活動報告をとの依頼があり、幾つかに絞り込んで随筆風にまとめることになった。


講座打ち上げの日に学生と

1)国際医療協力NPOとの出会い(ABIC会報No.10)
 ABIC会員登録(2001年)から間もなく、初代事務局長M氏から、設立直後のNPO法人HANDS(国際医療協力分野)の組織完成までの財務顧問はどうか?との話を頂き、喜んで引き受けたのが始まりであった(“Noと言わないABIC”の会員として当然の反応だった)。「商社OB 初のNPO顧問」との触れ込みもあり、結果次第では、将来ABIC会員のNPO交流の道が開けるかもしれないと、少々肩に力が入った半面、miss-matchingで異星人扱いされないか?立ち上げ協力ならごく短期か?との思いで、契約は3ヵ月ごとで始まった。それが何と、AIDSや母子保健等の途上国の医療に真摯に立ち向かう内外の医師や、海外志向型の若い世代との交流が深まり、結局2005年まで4年のお付き合いとなった。さらに驚いたことに、(これも、時折想像もしない展開があり得るABIC活動の一面だが)次は(財)結核予防会・財務顧問への横滑りで(HANDSの推薦)引き続き2010年までの5年間、結核予防のため地球狭しと飛び回る医師や関係者との協力が続いた。ちなみにここでの私の役割は、予防会が初めて米政府系のUSAID資金を活用したため、同機関独特の厳しい監査に対処する窓口が必要となり、たまたまHANDS時代に「USAID会計になじんだ商社OBがいた」というのが種明かしのようだ。

2)各種教育機関での講師役と授業Syllabus創作の楽しみ
 顧問と並行して派遣講師も引き受け、2002年ごろに早稲田、明治のOpen Collegeに始まり、数名の商社OBと共に社会人向け外為・国際金融講座を担当。皆で教科書を編集した縁もあり、いまだに当時のABICのCoordinatorや後任講師も交え居酒屋談義を楽しんでいる。海外講義では、Banda Aceh大津波直後(2005年1月)のMedanで、ASEAN Workshopに各国から参集した若手経営者に感じた未来志向のvitalityがいまだ印象に残っている(ABIC会報 No.13)。次に、200名を超えるmass 授業での英語講義、初舞台は別府APU(2009年までの5年間)の初年度で、Themeは‘Communication skills’だったと思う。当時無謀にも、“7%(words)38%(tone of voice) 55%(body language) rule”で有名なDr. A. Merhabianの説を紹介し、例えば、“I didn’t say he took my book” の、Iから順番に7文字のどれにstressを置くかで意味が皆違うことを、身ぶり手ぶりで話した記憶があるが、これはその後何年か講義を続けた自分への指針にもなった。もちろん、冷や汗もののcommunication errorもあった。声が小さく聞き取りにくい質問には、質問の反復を怠って的外れの答えで失笑を買うやら、逆にピンボケ質問に対しては、こちらから講義の要点を反復した上で質問を訂正させる等の配慮を欠いたこともあった。一方、大学生20名前後の少人数学級での、複数講師のいわゆるOmnibus方式の在り方については、かねて大学側のneedsや、学生の趣向もくみ上げた上で「Coordinatorと講師が一緒になって独創的で付加価値のある授業を提供できないだろうか?」という願望があった。これが早くも2011−12年の一橋大外国留学生対象の「日本型経営」講座で実現する。すなわち、大きなThemeがABICと大学で決められた後、Syllabusでは、日米(欧)比較経営議論といった内容に編曲し、一種の「提案型授業」に最も熱心に取り組まれたCoordinator T氏・M氏のadviceを受けながら、講師全員で一貫した講義案を作ったが、加えて、経営学と現実のbusinessの距離を縮める意図もあった。これには意外に恐ろしいこともある。
 例えば受講生集めの成否は初日の「講義説明会」にかかっていると言ってもよく、この講義で学生が得られる果実は何か?双方向授業を目指しているか?複数講師での講義がどんな糸でつながっているか?等を明確に伝えないと、学生たちは、講師の英語力を含む発信力やpresentation技能を瞬時に見抜いて、それにより対応を変えてくる。従って講師側も原稿の棒読みはご法度、事前に全員のresumeを共有し、事後には講義内容や引き継ぎ事項を知らせる等緊密なteam workが望まれ、学生に劣らぬ緊張感を味わうことになる。幸いこの2年の講義の後、従来あまり想定されなかった内外の日本企業への就職志望学生が多いと聞くが、授業から何らかの果実を得てくれたのかも知れない。

あとがき
 以上言い尽くせぬことも多いが、長い間温かいご指導、お付き合いを頂いたCoordinator(s)と、分野を超えた多彩なOB仲間の皆さまに厚く御礼申し上げます。定年後の1st stage をABIC とのつながりとすれば、今は定年後の2 nd stageへの入口、もはやto-do listも不要なのんびり生活へ。Golfざんまいとはいかぬまでも、新たなchallengeには、球の位置や風向きをみて、経験を踏まえた最適のclubを選んで対応したいと思っている。