活動会員のレポート

東京国際交流館空手教室の歩み

 東京国際交流館 空手教室講師  成田 なりた 正彰 まさあき (元 住友信託銀行)

 東京国際交流館の空手教室は日本文化紹介事業の一環として、2002年6月に第1回がスタートし、その後15年にわたって月1回のペースで連綿と続いている。
 なぜ武道系の日本文化として相撲、柔道、剣道ではなく空手が選ばれたのか。
 おそらくけがが少なく安全で、装備品等が比較的少なくて済み、場所も取らず、経済的な武道だったからであろう。
 空手は沖縄で自己防衛、自己保存を目的として、自然に発祥した武術で、その後中国の拳法等の影響を受けながら発展してきたものであり、大正初期に富名腰義珍氏により日本本土に伝えられている。
 日本本土に伝わった空手は慶應大、東大、早稲田大、拓大、中央大等の学生を中心に、武道空手として発展してきたが、1945年頃から競技化が進み、現在ではスポーツ空手としてオリンピックの種目に採用されるまでになっており、愛好家を含めた空手人口は1億人を超すといわれている。
 スポーツとしての空手には、組手と形の二つのカテゴリーがあるが、組手は勝負の面白さ、形は力強さとともに、踊りに似た美しさの魅力があり、若者を中心に人気が高い。一方、武道空手は本来の空手の神髄を探る空手道探索の大きな魅力がある。
 当教室では時間的制約から、スポーツ空手の入門編を教えているが、学生が日本文化としての空手を理解し、空手の愛好家に育つことを願っている。
 現在の指導陣は大橋、矢島、成田のABIC会員3人が務めているが、いずれも慶應義塾体育会空手部OBで、全日本空手道連盟公認六段と日本体育協会公認空手道上級指導員の資格を持っており、後期高齢者ではあるが、何とか対応できているものと自負している。
 当教室はABICが特定非営利活動法人として発足した翌年に、慶應義塾体育会空手部OBの和田定治氏が、伊藤忠商事OBの片山正雄氏から依頼を受けて立ち上げたもので、らい数多くの学生が巣立っていった。当初は欧米系の学生が多く、やがてアジア系の学生が中心となり、近頃はアフリカ系、アジア系、中近東系の学生が多くなっている。
 思い出に残る学生として、英国からのアンドリュー・ギブソン君がおり、彼は慶應のOB稽古にも積極的に参加し、公認二段を取得した。東日本大震災の影響で、三段の審査は受けられなかったが、実力三段の力はわれわれも認めるところである。
 現在、彼はイングランドで1男1女のパパとして暮らしており、空手への関心も残っているようだ。いつかまた彼のような積極的な空手愛好家に出会いたいものと思う。