活動会員のレポート

中小企業に対する貿易管理体制構築への支援

  萩原 はぎわら 良信 よしのぶ (元 伊藤忠商事)


オンライン研修用録画より

大阪の政府合同庁舎での説明会風景

 経済産業省による中小企業の安全保障貿易管理体制構築を支援する事業「重要技術管理体制強化事業(中小企業等アウトリーチ事業)」があるが、その担当アドバイザーとしての仕事に興味はないか、との打診が2021年5月にABICよりあった。お聞きすると、昨今特に中小企業や大学等の民間技術・ノウハウが危険な国やテロ国家に流れ、軍事用途(核・生物・化学兵器およびミサイル、通常兵器の開発・製造)に転用される外為法違反事例が急増、当局として早急な対策を迫られての事業とのことであった。
 私は伊藤忠商事在職中の1987年4月28日より、いわゆる「東芝機械ココム違反事件」(伊藤忠商事が船積代行者として関与)解決の実務担当者として、第一審判決が確定した翌年3月22日まで、東京/ワシントン間の往復や内部規程の原案、研修計画などの策定で多忙な11ヵ月を過ごした経験がある。その時に日本に上陸したといわれている「コンプライアンス」という言葉の意味も熟知している。また、1989年4月には、「国際的平和及び安全の維持」を目指し、わが国唯一の「貿易管理問題」を研究・啓蒙けいもうする「安全保障貿易情報センター(CISTEC)」が設立され、設立準備委員会のメンバーとして参画する機会をいただいたことも得難い経験となっている。
 ただ、それは35年も前のこと、よわい古希を過ぎた私ではお役には立てないのではないかとの思いがあったが、ABICより重ねてのお誘いをいただき、応募することとなった。
 事業を請け負った大手総合研究所の一つ「株式会社船井総合研究所」に応募、採用に至ったのは同年7月1日のことである。
 具体的な業務の内容は、従来貿易管理経験のない中小企業に対し、ふさわしい内部規程・審査フローの策定、教育・監査の方法、組織・人員の配置他、もろもろの体制構築作業のために、4-5ヵ月をかけて、4-5回の打ち合わせで支援を行うものである。私の場合、1年目の2021年度は10社、2022年度は14社に対する支援を完了したところである。
 また、アドバイザーが分担して、経済産業省、各地の商工会議所主催の制度説明会の講師を務めることも重要な業務の一部となっている。最近のコロナ禍の下、オンラインにてあらかじめ準備した講師の講義録画を視てもらっているが、コロナ禍が落ち着いた頃合いを見て、全国各地の会場に希望する企業に参集いただいての説明会も実施している。
 「東芝機械ココム違反事件」当時は東西冷戦の終結前で、いわゆるココム(対共産圏輸出統制委員会)が規制する高度な貨物・技術が東側に流れることを管理していたが、今や技術の飛躍的進歩により民需用品が簡単に軍需用途にも転用される時代で、高度な貨物・技術でなくとも、最終需要者の素性と、最終用途のチェック・管理を輸出者自身が行わねばならない難しい環境となっている。最近、ウクライナ侵攻で撃墜されたロシア軍のドローンの中には、高級な日本製レンズや電池、小型モーターが搭載されていたという事実が、それを物語っている。このような状況下、資金・人員共に限られる中小企業にとっては、予期せぬところで外為法違反の罪を犯してしまうことになる。
 現在、中小規模の事業者は350万者(全事業者の99.7%)ともいわれている。TVドラマ「下町ロケットの佃製作所」のような高度な技術を持った企業は数多くあるが、貿易管理関連法令や制度には、中小企業にとって容易には理解し難い面が多々存在する。しかし、企業の内部にでき得る限り入り込み、傍らに寄り添った支援を行えば、砂に水が染み込むがごとくに理解いただける企業が多く、アドバイザーの励みとなっている。
 以前もABICには中堅商社の駐在員赴任前研修や、大学における非常勤講師の機会をいただいたが、今回も極めてやりがいのある活動の場を提供いただき、感謝に堪えない次第である。