マンスリー・レポート No.41 (2004年5月)
活動会員のレポート
  中国華東地区開発区進出候補地調査に同行して
    岩瀬 芳史(元 伊藤忠商事)

 2003年9月、ABICの活動会員として千葉県下のA社の中国進出計画への支援業務に携わる機会を得た。9月と10月〜11月の2回にわたり延べ約20日間、中国華東地区(上海、昆山、蘇州、無錫、寧波、杭州)での9ヵ所の進出候補地を同行のうえ見て回り、進出先の絞り込みのお手伝いをさせていただいた。

 A社は、日本はもとより世界での打楽器、管楽器等のトップクラスメーカーであり、30年前に台湾に進出、台湾で生産した製品を海外へ輸出してきた。この輸出を今回のプロジェクトで徐々に大陸へシフトしていこうとする計画である。生産品目の100%を日本をはじめ海外に輸出するプロジェクトであるため、立地条件としては、まず開発区の中でも輸出加工区ないしそれに準ずる開発区であることが第一、また製品の一部委託加工先が近くにあることと、港湾、空港等へのアクセスが良いことなどプロジェクトのコンセプトが鮮明であったことが候補地選定上にも大いなる一助となった。

 ただ、1回目の訪問では上海を中心とした広範囲な華東地区の中の9ヵ所を、実質6日間(移動日、日曜日を除く)で回らなければならないスケジュールのため、いきおい交通手段としては、車と飛行機をフルに活用することになったが、車の移動では中国の友人の力を大いに借りた。

 2回目の同行調査では私自身の直近6年間の上海駐在・長期滞在経験より、この間培った人脈をフルに活用できたことが大いに役立った。何分お引き受けした1週間後に出発という非常に慌しいスケジュールの中、人間一人でできる範疇はんちゅうは限られており、即刻協力してくれた中国の友人には感謝しても感謝しきれないものがある。かつA社の30年にわたる台湾での経験から大陸への理解度がスムーズであったことも大いに役立った。

 訪問したどの開発区も日本語堪能な、それも若手のスタッフをそろえ、通訳を全く必要としない手際の良さで、スムーズにかつ効率的に運ばれたのには大いに驚かされたものだ。まず訪問すると、机の上にはその開発区のパンフレット(当然日本語のもの)が用意されており、そこへ担当者がパソコンを駆使、流暢な日本語で開発区の概略説明、PRを手際よく行う。それが終わると用意された車で一気に開発区内を一回りと、これまた全くもって非の打ちどころのない手際の良さである。

 これがひとつ開発区にとどまらずすべてに言えることで、相も変わらぬ日系企業の対中国進出意欲の旺盛さをあらためて知らされた。と同時に開発区間の誘致競争がここまで熾烈さを極めていることをまざまざ肌で感じ取った次第である。

 このような状況下でA社にとって候補地の選定には正直迷わざるを得ないものがあったと思われるが、1回目の訪問で諸条件を勘案のうえ候補地を3ヵ所に絞り込み、10月から11月にかけての2回目の訪問で3ヵ所につき詳細をより具体的にチェックし、最適な開発区をほぼ1ヵ所へと絞り込んだ。委託加工先の問題が解決した暁にはこの開発区に最終決定のうえ、今年中にはこのプロジェクトは花開くはずである。またそうなれば同行、お手伝いをさせていただいた私としてはこの上ない喜びである。

 正直言って私自身、華東地区とはたった1年のみのブランクでしかなかったにもかかわらず、2008年の北京五輪、2010年の上海万博に向けてか、相も変わらず目を見張るばかりに刻一刻変わる街の変貌に大いに驚かされた。さすがの自称「上海通」もこのままでは形なし、さらに「上海通」であり続けるためには上海へ、中国へと、より頻繁に(少なくとも2ヵ月に一度ぐらいのペースで)より足繁く通い続ける以外にはないとあらためて実感させられた旅であった。また、そうすることによって、今後中国進出を予定している企業に少しでもお役に立てる機会があれば幸いである。

(本稿は2004年2月に寄稿いただいたものです)

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