マンスリー・レポート No.63 (2006年3月)
活動会員のレポート
  ボリビア事情
    JICAシニア海外ボランティア
ボリビア輸出振興
堀江ほりえ 善治よしはる(元 丸紅)
神秘的なチチカカ湖を背景に筆者

 ボリビアは、長年の政情不安定と社会不安を抱える中、昨年12月に大統領選挙が行われ、左翼社会民族主義者で、アイマラ先住民出身であるコカ栽培農民代表エボ・モラレス氏が大統領に選ばれた。これはボリビア国独立1825年以来初めての社会主義政権であり、しかも初めて先住民族が大統領に選出された画期的出来事と言える。彼はアンデス・アマゾンにおける中南米のインディオの最高権力者(Apumallku)と認められた。ボリビアだけでもアイマラ、ケチュアをはじめおよそ38の原住民族がいると言われているが、全人口の半数以上を数えるこのような原住民に対する長年にわたる差別と、いっこうに変わらない歴代政権の汚職・腐敗体質に対する反発によるものと考えられる。多くの社会経済問題を抱えてはいるが、これからエボ・モラレス大統領の下、新生ボリビアの構築が大いに期待されるところである。

 ボリビアは日本ではあまりなじみのない国だが、日本との関わりは深く、知っておかなければならない国の一つと言える。ペルーに移民した日本人が当国北部のリベラルタに再移住したのが始まりで、1999年には移民100周年が祝われた。

 リベラルタは当時ゴムの木が多く生長し、世界的需要も高いことにより、一獲千金を夢見て移住したものと思われる。現在では日系5世ぐらいまで入れて、日系人約14,500人(うち我々のような短期駐在日本人はおよそ300名)がボリビアに定住しており、うち約7,000人が最初の移住地ベニ県リベラルタに住んでいる。さらにサンタクルス県には、サンファン、オキナワと2つの移住地があり、サンタクルス市内を入れて3ヵ所で、各々約800人が定住している。南米最貧国の一つと言われ、貧困解消のため、これらを背景に日本から毎年多額の援助が行われている。

 標高3,600mのラパスに生活して思うことは、実質的な首都にもかかわらず、空気汚染がなく、紺ぺきの空の下、高さ6,480mとそびえ立つイリマニ山を美しく描き出している姿は、世界でもたぐいまれな絶景と言え、これを見ていると、ここの貧困な環境を忘れてしまうほどである。物価も安く、特に食料関係は、品物にもよるが、実感として日本の半分から10分の1程度で本当に安く感じる。ただし、PC関連製品、インターネット関係の費用は逆に非常に高いのが対照的である。

ボリビアの首都ラパス

 輸出促進活動を通じて、ボリビア経済の問題点をいくつか垣間見ることができる。大きくは2つある。1つは政府、公企業、民間法人企業のフォーマルセクターと、民間非法人企業、家族・個人企業のインフォーマルセクターがあるが、インフォーマルセクターは正規の税金の未払い、法の遵守の欠如など国への経済貢献が極めて低いため、これをいかにフォーマルセクターに移行させるかという課題である。もう一つは健全企業の育成をはばんでいるコントラバンド(非合法輸入)で、この撲滅が国にとって不可欠である。輸出に関してはそれなりに優れた企業もあるが、全体的には企業規模が小さすぎること、そして国際ビジネスに対する知識と基本教育が欠如していることである。したがって当国主要都市6ヵ所で国際ビジネス啓蒙のため、セミナーを開催した。国際ビジネスにあたっての心構えと進め方に関し理解を得られたと思うが、この種の基本教育は継続して行われることが肝要で、今後は当地輸出振興機関であるCeprobol(日本のJETROにあたる)が主体的に行うことになる。

国際ビジネスセミナー(コチャバンバ)

 ボリビア政府の方針としては、伝統的な天然ガス、金、銀、亜鉛といった天然資源に頼るのではなく、工業製品の輸出拡大をめざしている。具体的にはアルパカ、リャマを素材とする繊維製品、宝飾品、皮革およびその製品、木材製品等である。残念ながら2005年の統計ではその方針とは逆に、輸出全体の27.3億ドルのうち、鉱産物が69%、農林産物22%、工業品9%と、工業品がこれまでの10%強のシェアを下回る結果となった。ただ、輸出全体としては、過去5年間順調に伸びてきており、2005年は鉱産物の国際相場高騰もあり、前年比24.6%も伸びた。ちなみに2004年は21.6億ドルで、前年比なんと38%増を示している。

 ボリビア経済の将来は、天然ガスをはじめとする豊富な資源からの収入を有効に使い、国の重点志向の産業をグローバル競争に打ち勝つ水準に育成することにかかっていると言えるだろう。

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