マンスリー・レポート No.86 (2008年2月)
活動会員のレポート
  27年ぶりのイラン―JETROの専門家として再訪
    谷川たにがわ 達夫たつお(元 住友商事)

羽田─関西空港─ドバイと航空機を乗り継ぎ、ドバイ空港で2時間の接続でテヘランに向かった。離陸して少しして上空から下を見ると、砂漠と思ったが、どうも色が真っ白で一面雪に覆われているのに気付き、予想以上の大雪に大変驚いた。入国後聞くと50年来の大雪と寒波であったとのこと。2時間でイマム・ホメイニ空港に着陸。

いよいよ27年振りのイラン入国のため入国審査カウンターに行く。審査官がパソコンに私のビザのデータを入力し、滞在ホテルを聞くだけで2分で終了。以前の駐在時は旧国際空港で2〜3時間入出国にかかっていたのに比べ、あまりの速さに驚く。手荷物検査も機械に通すだけで、着陸後あっという間に、零下10度の凍りついた空港ビル外の地上道路に立っていた。

ホメイニ師の写真の前で
(27年前にも写真を撮った)

今回のイラン訪問の目的は、イラン貿易振興庁(ITPO)が開催するマーケティングのセミナーに、JETROが「日本の商社の機能と役割」について講演する専門家を一人派遣したためである。私は1978〜80年住友商事テヘラン事務所に駐在しており、最近はいくつかの大学で総合商社論の講義を行っているので、イランの現状を見ることに大変関心を持って現地に赴いた。

マシャッド、タブリーズおよびテヘランの3大都市のセミナーで講演し、合計640名もの参加者があった。イラン政府は石油以外の分野でも輸出入を拡大したいという意欲が強く、参加した現地商社・メーカーなどの関係者も同じ考えで、日本の商社活動から学ぼうという関心は非常に強かった。

テヘランのセミナーの中でのパネル
ディスカッション(左から2人目筆者)
イラン貿易振興庁 (ITPO) のオフィスにて

27年振りのテヘランでは、車で移動中は絶えず以前の面影を追い求めていた。街には当時の「ペイカン」という国産車に加えて、多くのメーカーの新型車が走っているのが目立った。特に街の北部は発展が目覚しく、高層ビルやマンションが林立し、高速道路が交差しているのが印象的であった。街は非常に活気があり、朝夕は交通渋滞が激しかった。いくつかの日本商社のオフィスを訪問し、主管者の方からビジネスの現況を聞くことができた。マシャッドとタブリーズは初めての訪問であったが、自動車部品やサフラン・果物などの産業を抱える大都会であった。

2008年1月24日から9日間のハードスケジュールであったが、私の駐在時(ホメイニ革命からイラン・イラク戦争まで)と違って、非常に落ち着いた状態で、改めてイランのすばらしさを実感することができた。イランの代表的なメニュー“チェロキャバブ”(ご飯に羊肉の挽肉を焼いたものをバターと共に乗せ、生玉ねぎと焼きトマトが付く)の味は変らず健在で、ペルシャ絨毯は今まで以上に魅力的に見え、ペルシャ語の単語もいくつか思い出した。JETROの嶋田所長に案内いただいた有名なバザール(市場)は、人を押しのけなくては歩けないほどの人出で活気に溢れていた。

駐在時のイラン側カウンターパートが現在も企業グループのトップマネジメントで活躍しており、メールで連絡取れたので再会し、イランレストランで夕食を共にしつつ懇談し、この27年のギャップを完全に埋めることができた訪問であったと実感した。

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