マンスリー・レポート No.109 (2010年1月)
活動会員のレポート
  ジェトロ専門家としてインドネシアに短期駐在(商工会議所の輸出促進制度構築)
  小川おがわ 秀洋ひでひろ (元 三洋電機)
北スマトラ州商工会議所 IRFAN会頭(左)とショールーム開所式に臨む筆者

 2009年5月末から12月末までの半年間、(3ヶ月の短期駐在を2回)、国の委託を受けてジェトロが実施する支援事業の専門家としてインドネシアへ派遣された。

 1980年代に長くインドネシア駐在を経験、また、1990年代から早期退職する2006年まで、年に数回のインドネシア出張を経験してきたが、今回のカウンターパートは華僑ではなく純粋インドネシア人(所謂プリブミ)であり、文化の違い、考え方の違い、その他色々な風習が違い、面食らったところもあった。

 ジェトロから課された役割は、輸出促進制度構築であり、制度を作る人を育てる、また、制度とはどのようなものであるか、タスクフォース・メンバーを指導した次第であるが、各州それぞれの商工会議所には若くて優秀な人材が揃っていた。一方、各州の中小製造販売業者は、自助努力する人が極めて少なく、「誰かがいつか何かをしてくれる」と思い込んでいる節があり、インドネシア地方経済の活性化には「人の育成」から入り、中小企業者を育てる人材育成、TOT(Training of Trainers)でトレーナーを育成することが最重要課題であるとことを痛感した。

 縁とは不思議なもので、会社員をやめて独立後、北大阪商工会議所のインキュベーション・ルームに入居、海外アドバイザーの仕事を始めたが、海外での初めての仕事がインドネシア商工会議所の支援であり、北大阪商工会議所で色々と経験したことが非常に役に立った。

 さて、インドネシア商工会議所4ヶ所(北スマトラ州・中ジャワ州・北マルク州・西ヌサトッンガラ州)を担当した次第だが、各地の会頭・副会頭、役員、事務局長、及びスタッフとのやり取りに慣れるのは早かった。役員は実業界の人であり、日本の情報を欲しがり、かつ日本とのビジネスチャンスを狙っておられ、また、日本に好意的な人が多く、一部の役員は華僑であった。
 インドネシアでの具体的な活動で一番印象に残ったのは、北マルク州の州都テルナテ市への出張であった。北スラウェシ州マナド市からプロペラ機に乗り換え約1時間かかったが、乗るには勇気がいる相当に古い飛行機だった。当初、その様な島での活動とは思いもしなかった次第だが、立派なホテルに広い道路、物資もインドネシアの各都市から入っているようで、インドネシアの地方経済が元気付いていることを自身の目で見て驚いた。

 テルナテ市内の高台から海を越えて見るハルマヘラ島のティドレ山の美しさは極めつきだった。インドネシア紙幣千ルピア札に印刷されている山と海の風景を目の前にして2000年のイスラム教とキリスト教の宗教・民族紛争を思い出したが、何もなかったような静かなたたずまいと、小舟の行き来を見るだけでも「インドネシア」を実感した。余談だが、ここで食べたヤシ蟹の美味しかったこと、巨大で肉厚、茹でた蟹料理は感激モノだった。

 派遣最終日の2009年12月23日、ヒダヤット工業大臣(インドネシア商工会議所の会頭を兼任)への報告会があり、「インドネシアには優秀な人材がいるが、まだ、数が少ない、地方中小企業を指導できるトレーナーを育てることが重要である」と、ご報告申し上げたところ、「本当に優秀な人材が地方にいるのか?」と聞き返され、「います」、と即答したのだが、2009年の半年、各地で若く優秀な人材と出会えたのは幸せだった。

 最後になるが、今回の活動を始めるにあたり、ご支援・ご協力して頂いた名鏡ABIC 事務局長、関西デスクの藤原コーディネーター及び短期駐在前にご自分の活動内容を踏まえて適切なるアドバイスをして頂いた小川洋志郎氏(ABIC会員、前インドネシア商工会議所特別顧問)に厚く御礼申し上げる。

ハルマヘラ島のティドレ山
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