マンスリー・レポート No.110 (2010年2月)
活動会員のレポート
  ジェトロ専門家としてベトナム ホアラックハイテクパークで人材育成支援
  松本 まつもと 時男 ときお (元 蝶理)
ハイテクパーク巡回後の談笑、左から筆者、ラン副大臣

 ジェトロが国の委託を受けて実施する支援事業の一つとしての、ベトナムでの投資促進人材育成支援事業に携わることになった。ベトナム科学技術省直轄のホアラックハイテクパーク(工業団地)の人材育成支援である。
 ベトナムには1994年から関わってきたが、その後2回目の駐在として2008年3月までバクニン省イェンフォン工業団地で仕事をしてきたことが何かで役に立つならばと、1年5ヵ月振りに再度ハノイの地を踏むことになった。
 ホアラックハイテクパークが本格的に動き出したのは2006年からであるが、実は1997年頃にすでに構想は練られていて少なからぬ関心を持っていたこともあり、それに再び関わることになったことに運命的な出会いを感じ心が躍ったことも事実である。2009年9月から11月末までを第1期として、更に同年12月中旬から2010年2月中旬までを第2期として現場で同ハイテクパークのスタッフと仕事をした。

 ホアラックは旧ハタイ省であるが現在はハノイ市となっている。ハノイ市南部から西へ約30kmの地点にある。赴任した当初はハノイ市中心部から車で約1時間10分かかっていた通勤時間が、帰国する時点では45〜50分にまで短縮された。高速道路の工事が急ピッチで進められたことによる。スタッフは毎日、ハイテクパークの手配するバスで通勤している。

 科学技術省のラン副大臣がハイテクパークのトップである委員長を兼任している。一方、現場のスタッフはほとんどが20歳代という若い組織である。ベトナム自身が若い世代の国であるが、それにしても自分の息子・娘よりも若い世代との毎日は何もかもが新鮮であった。何よりもベトナムで感心するのは、年配者に敬意を払うことである。日本では既に失われてしまったものをベトナム人は今も持っている。若いだけに当然のことながら経験は少なく、発想にも限りはあるが一所懸命に話かけてくる姿勢には、若者の国であることを感じる。

 本来の業務は同ハイテクパークへの企業誘致のための各種資料の作成要領、海外の投資家は何を期待してベトナムに進出を考えているのか、などを彼らに知ってもらい企業誘致に役立てることであるが、委員長の強い要望があり日本語を教えることも始めた。

日本語教室

 受講者は皆とても熱心で、もっと時間を長くして欲しいという者も現れ、勉強した翌朝は必ず日本語で挨拶をする習慣もついた。日本語とベトナム語の共通点、異なる点も彼らにとっては興味深く、「何故?何故?」と質問があるのを頼もしくも思った。言葉は文化であり、言葉から考え方、習慣も理解出来ことから、ベトナム人と日本人の近さを彼らが理解してくれたと思う。「日本からの訪問者に日本語で挨拶をして、びっくりされました」と報告に来た時のスタッフの嬉しそうな顔は今もはっきりと思い出される。ABIC主催の「日本語教師養成講座」受講がこんなに早く役に立つとは思ってもいなかった。

 日本人が何処かに置き忘れてしまった、休みの日には、おじいさん、おばあさんの家に集まるという習慣は今もベトナムには残っている。そんな土曜日に皆で食事をしようと声をかけたところ、奥さん同伴、或いは子供を連れてスタッフが集まってくれたことは嬉しかった。

 仕事上で彼らには時には苦言も呈したし、長い議論になったことも、見解が全くかみ合わないこともあった。しかし、5ヵ月間一緒に仕事をしてきて、今も彼らからはメールが来る。何年か後に、何としても再訪問の機会をつくり、ハイテクパークの発展と、そして彼らの成長ぶりを見るのを楽しみにしている。

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