活動会員のレポート

「アジアの中の中東-経済と法を中心に」の研究成果報告会なぜ今、中東なのか?-日本・中東・世界

谷川 たにがわ 達夫 たつお (大学等講座担当コーディネーター、元 住友商事)

 2011年1月18日にABIC主催のフォーラムが、日本貿易会6階大会議室で61名の出席者を迎え開催された。開会の辞として市村理事長から、このフォーラムの目的やプロジェクトの意義について次のような説明があった。
この研究プロジェクトは文部科学省が推進している「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」に2006年に採択されたものであり、ABICにとっても大変意義のあるものである。
 その理由の第一は、アカデミックな領域との共同案件である。ABICは40以上の大学で会員が講義を行なってきている。これに加えて、いくつかの大学と学術交流協定を締結して共同で活動し、その成果を出版したりしているが、このプロジェクトは後者の代表的なケースの一つである。一橋大学の加藤博教授を研究代表者とするこのプロジェクトチームは、文部科学省への申請書の中に協力者としてABICを入れて提出し採択された。これはABICとして非常に嬉しくまた名誉なことであり、プロジェクト開始から一貫して協力しまた努力してきた。
 理由の二つ目はこのプロジェクトの意識調査に協力・参画した会員(延べ200名以上)の数の多さとそのグローバルな広がりである。中東および中東以外のイスラム教国に昭和50年代以降に駐在した経験を持つビジネスマンの組織だった調査ができたことは、まさにABICは人材の宝庫であると言われていることを実証している。また現在の駐在員の調査に対しては現地日本人会と共に商社の本社・現地の関連部門のご協力を得た。日本との関係において、ますます重要性を増す中東について、この研究が行なわれていることは大変意味のあることである。引き続き我々が問題関心を持ち続けるために、報告会を企画したとの挨拶があった。


加藤一橋大学教授

筆者

臼杵日本女子大学教授

 当日(1月18日)は14日にチュニジアで政権が崩壊した数日後であり、この余波が中東に波及するのではないかとの予感を持たせる雰囲気の中であった(結果として1週間後の25日からエジプトでデモが発生し2月11日にムバラク大統領が退陣し、そのほか多くの国で改革を求める運動が続いて起こったことを考えると、大変時宜を得たフォーラムであった)。

 続いて研究代表者の加藤教授より、「アジアの中の中東」プロジェクトを終えるにあたって、という報告があった。
 なぜ中東なのかという点については、前近代に中東が「称揚」されたが、近代になって「無視」された。しかし、その後現代のグローバル化の世界の中で中東が台頭してきたことが背景にある。「アジアのなかの中東」研究では、西欧対アジアの二項対立を乗り越える視覚を持つことが目的である。またなぜ日本人にとって中東イスラム世界は「遠い」のか、この状況を克服するために何をすべきかについては、直接的な接触と恒常的な対話を促進する必要があるとのお話があった。

 二番目の報告として、本プロジェクトで意識調査を担当した筆者より、調査の概要と目的、調査結果として赴任時期によって差が見られる駐在員の意識について報告した。
 中東やイスラムは遠い存在である日本人の中で、現地で交流や接触した駐在経験者の現地社会やイスラムに対する好意度は確実に上がったと言える。また駐在先社会への不安や心配は、イラン革命や湾岸戦争を分岐として、変化していることも明らかになった。詳しい調査結果は、http://www.econ.hit-u.ac.jp/~areastd/の中に、「中東に駐在経験を持つビジネスマンの意識調査」「中東以外のイスラム教国に駐在経験を持つビジネスマンの意識調査」というリサーチレポートとして収録されている。またABICインフォメーションレターNo.19、23、25と日本貿易会月報No.666にこの意識調査に関する筆者のエッセイが掲載されている。

 最後に、臼杵陽日本女子大学教授に、「アジアの中のイスラム—アジア太平洋戦争期(1931-45年)におけるイスラム研究と大川周明」という講演をいただいた。
 まず、日本のイスラム研究が1973年の第四次中東戦争時の石油ショックのように戦争という契機で発展してきたことを指摘して、日中戦争勃発後に中国のイスラム教徒を国共合作と対抗するために政治的に利用するためにイスラム研究推進の必要性が叫ばれたことが指摘された。次に、戦時期日本を代表する大川周明のイスラム研究に焦点を当てて、スーフィズムに関心を持った青年期、ジハード論を強調する壮年期、そして預言者ムハンマドの崇敬とコーラン翻訳に没頭する晩年に分けて、大川にとってイスラムとは何だったのかを再検討して、大川を21世紀の現代において改めて位置づけ直す必要性があることが述べられた。多くの参加者から、大変興味ある講演だったとの感想が寄せられた。