活動会員のレポート

定住外国人に日本語教え、「心の債務」減らし

  小里 こざと ひとし (元 朝日新聞社)


海老名市文化会館での授業風景

 「リカルドさんの国では車の免許を取るのにどのくらいかかりますか」「1ヵ月ぐらいかかります」「カレンさんの国では…」「3時間です!」
 ホワイトボードには縦に横書きで「車の免許を取ります」「パスポートを取ります」「結婚式をします」と書いてある。私はその横につくった国ごとのマス目に、発表された数字を書き込んでいく。ウクライナ、米国、ブラジル、メキシコ、パキスタン、インド、フィリピン、ベトナム、中国。ベトナムではハノイとホーチミンでパスポート申請手数料が異なるということも分かり、受講生に驚きが広がった。
 2017年12月に始まった海老名市文化会館での「外国人就労・定着支援研修」午前コースの1コマ。この日は「~するのに、どのくらい(時間・金が)かかります」がテーマだった。毎日3時間、9ヵ国の14人が仲良く机を並べ、初級後半レベル(L2)の日本語の習得に励んでいる。毎回「美容院・飲食店」「電話」「職場」など場面を設定、「美容院で希望が言える」「欲しいものを注文できる」「理由を述べて断ることができる」など目標を決めて、習った事柄を日常生活に生かせるよう、カリキュラムがつくられている。
 この事業は厚生労働省所管で、18都府県で行われており、厚生労働省の資料では受講予定者は4,250人となっている。介護などの専門コース、日本語能力試験N2・N3合格を目指すコース、基本コース(L1-3)に分かれる。履修時間は各コースとも120時間。就職を前提にした、職場でのコミュニケーション能力の向上に重点が置かれているため、日本語の文型の学習にとどまらず、履歴書の書き方、面接での受け答えのほか、職場見学や見学後の礼状書きも授業に組み込まれている。
 移民の受け入れに消極的な政府は少子高齢化に伴う国内の労働力不足を補うために、日系人を対象に2009年度に「日系人就労準備研修」を始めた。2015年度にその枠を「定住外国人」に広げた。2017年度には学校法人・大原学園が受託。ABICの紹介を受け私も仲間に入れていただき、大原学園と日本語講師の契約を交わして2017年秋から、神奈川県下の教室で日本語を教えている。
 受講生の年齢、在日年数はまちまちで、興味の対象も人それぞれ。宗教も政治体制も母語も異なる国々からやってきた人たちに、どう楽しく学んでもらえるか。ぴったりくるイラストはないか、気の利いたモデル会話がつくれないか、毎回毎回、授業の準備をしながら無い知恵を絞る。中南米や欧州で勤務した時の失敗談や困ったことなどを話の糸口にすることも少なくない。
 各地を飛び回っていたころ、言葉が不自由な故に、生活習慣の違いの故に、行く先々で数知れない方々に助けてもらった。定年後に日本語教師を始めたのも、日本語の壁に苦労している人たちのささやかなお手伝いができると思ったからだ。私の心の中に蓄積された多量の累積債務の、せめて利子分だけでも返済したいとの気持ちがある。それがどこまで実現したかはわからない。それは「債権者」が決めることだ。
 「先生、階段を一つ上がったみたいです」。2017年末、L3(中級)で学んでいたペルー人女性が笑顔で話しかけてきた。共に喜ぶ。こんな時間を持てることがありがたい。