「日本の伝統的な食文化を英語で紹介する学術書」の
出版記念パーティーで、大学の先生方と一緒に、
黒一点?(前列左から2人目が筆者)
国際社会貢献センター(ABIC)は、私に人生第二の出発点を提供してくれた。40年間勤務した東レを2015年に退社。その後、1年間経産省のマネジメントメンターとして、中小企業経営のお手伝いをしていた。ABICから高知県が戦略支援経営統括を公募しているとの情報をいただき、3次試験を経て運よく採用された。ABICからの連絡がなければ、今の私はなかった。
高知県と聞いて、読者の皆さまは何を連想されるだろうか? 私は、まず「よさこい踊り」、「南国土佐の歌」から、台風銀座、東レシンガポール時代の同僚などだった。歴史に興味があれば、坂本龍馬、板垣退助だろうか? 経済界では三菱財閥創始者の岩崎弥太郎が最初に挙がるだろう。
では、今の高知県は全国でどんな位置付けになるのだろう? 全国の工業製品出荷額では、下から3本の指に入る。東証一部上場企業は1社で、その他の上場企業も数社だけだ。大学を卒業しても就職する先が少ないため、若者が戻ってこない。このため、高齢化率は全国で上から3本の指に入る。事情があって県内に残る学業優秀な学生は、県庁か銀行に就職する傾向が強く、現代の岩崎弥太郎出現は望むべくもない。
県レベルでは、就任3期目の尾崎知事が産業振興計画を強力に推進し、就業者1人当たり総生産額は6年間(2008年-2014年)で、13.2%伸びた(この間の全国平均は△1.7%)。人口が減少する状況で、省力化・効率化に向けた支援の強化と同時に、全国および海外への交易範囲を拡大することがこれからの課題になろう。戦略支援を託されている経営統括として、「事業戦略」の策定と、実行支援の重みをかみしめながら、毎日経営者と向き合っている。
高知県に限らず、従来の経営はKKD=経験・勘・度胸の経営が幅を利かせていた。このため従業員は社長の指示・命令に従うだけで、社長がいなければ会社はお手上げ状態に陥る。高知県は近代的な経営への改善策として、2年前から「事業戦略」策定を積極的に進めてきた。
具体的には経営者と従業員が、一緒に「事業戦略」策定に参加する試みである。まず、現状認識から課題を共有する。次に、経営分析のフレームワークであるファイブフォース分析※1や、SWOT分析※2を活用して自社のポジション分析を進める。中小企業がどんなニッチ市場を対象に、どんな「差別化戦略」を進めるのか、共通認識を得るのが一つの目的である。
その後、本来の目的である将来(5年後)の「ありたい姿」実現のため、取り組み課題の設定と、KPI目標※3(主に数値課題)を設定し、最後の中長期業績もくろみにつなげる。経営統括としての主要な業務は、経営分析のフレームワークと現実の業務との橋渡し役である。実業界でこれまで経験したことを生かして、中小企業の「事業戦略」策定のお手伝いをさせていただいている。経営者から「事業戦略」を契機に、従業員との意思疎通がよくなったと聞くと、やりがいを感じる。最近は「事業戦略」を持つことが、県の補助金申請の要件になっており、重要性が高まってきたことを実感している。
高知県は、北は四国山地、南は太平洋に囲まれ、本州で想像する以上の閉鎖的空間にある。時空を超えて、龍馬や弥太郎が大事業を成し遂げたのは、主に県外においてであった。
高知県の企業が大きく伸びるために、全国的な販路開拓や、海外企業との取引など、外の世界との積極的な交易が課題になる。「事業戦略」にこのような視点を取り入れ、大手企業とのマッチングなどこれからも積極的に推進していくつもりである。県の企業がニッチ市場でもグローバルに認知され、若者から選ばれる企業になれるよう、微力ながらこれからもお手伝いさせていただきたい。
※1 ファイブフォース分析:業界の収益性を決める五つの競争要因から、業界の構造分析を行う手法
※2 SWOT分析:企業や事業の戦略策定や、マーケティング戦略を導き出すための分析フレームワーク
※3 KPI:企業目標の達成度や進捗度、プロセスを計測する重要業績評価指標