活動会員のレポート

所感:地方創生と5年間の地方自治体勤務を終えて

  市川 いちかわ 悌二 ていじ (元 三菱商事)


彦根市企業フジテック訪問
(左から2人目が大久保市長、右から2人目が筆者)

彦根のバルブメーカーとドイツGIFA(国際鋳造技術展)視察
(左から2人目が筆者)

 本稿は2017年11月の50号に寄稿したものの続編である。彦根市の特別顧問職は想定以上に長期間に及び、結局丸5年となった。振り返ってみればあっという間の5年間、毎週新幹線で2泊3日の彦根勤務であったが一度もへこたれたことはない。私にとり地方自治体、中小企業経営者との付き合いは新鮮かつ刺激的であった。
 市長から与えられた命題は大枠でいえば地方創生に向けての諸サポート、具体的には中小企業の活性化(含、グローバル化)と観光振興策の策定であったが、この枠に捉われることなく中小企業経営者の抱えている課題解決、彼らが保有する世界レベルの製品・技術の海外販路拡大へのサポート、第三セクター案件に対する経営アドバイス等を行った。常に心掛けていたことは予断を持たず、現場で悪戦苦闘している人間の生の声を聴くということ。このため、就業時間後の長時間の付き合いが頻繁にあり、彦根通いのおかげで(?)日本酒がめっぽう強くなり、かつ歌唱力も上がった。
 5年間地方自治体の中に身を置き、地場の中小企業との付き合いを通じて感じたことを本稿で述べたい。自治体の職員はおおむね地元出身で良質な方が多く、人格円満で事務処理能力も高い。こういう個々人の能力が組織の中で十二分に発揮されているかといえば、そうともいえないのが現状。組織が硬直的・前例主義で、変化に対応する柔軟な発想・スピード感といったものが出てこないのが実情で、これは民間と異なる行政独特の人事・給与制度によるものと私は考えている。生産性向上、行政改革、文化財活用、国際交流など市政に著しく貢献があった場合には給与等待遇面で報いるようなシステムがあればインパクト大と思うのは私だけだろうか。
 さらに難点を挙げると人事ローテーション、部課長の頻繁な交代、時に同時交代さえある点で、民間では全く考えられない。複数年度にまたがる企画提案とか改革を期待するのは至難である。私の5年勤務は必然であったのかと感じている。ひたすら少子高齢化・国内市場縮小⇒海外販路拡大の必要性、スピード感・危機感を持ち続けることが重要と伝え続けてきた。ダーウィンの「強者・賢者が必ずしも生き残れるわけではない、生き残れるのは変化に対応できた者」との名言も紹介しつつ。しかし現代はそれでは不十分、むしろ変化を創出することこそが重要ではないか、とも。しかし地方自治体がこれを持続的にやり切る策はある。財政状態を勘案し、常に万全な住民および議会対応が必須であるが、強力なリーダーシップによるトップダウンでの組織の活性化、人事評価システムの改善、情報発信力の強化、IoTや民間活力の活用等で、課題の克服は確実にできると信じて疑わない。
 最後に、いずれの世界でも絶対必要条件は「人材」の確保・育成である。例えば地方自治体にとり補助金事業は重要な業務で、中小企業や観光事業体にとっても補助金は必要なツールであるが、これの審査・事後検証のプロセスにおいて民間のビジネス感覚、コストマインドは不可欠。公共事業の入札・調達についても同様。上述の人事制度もあり悩ましい問題だが、血税を有効活用するためにも民間の経験豊富な人材起用は有効である。その際海外販路開拓にしてもインバウンド誘致戦略にしても、市町村でバラバラで動かず要所に民間出身の人材を配置し、複数の市で広域連携することもポイントである。資金も人材も有限、地方都市は互いにしのぎを削っている場合ではない。この「人材」に関し、私はABICが地方自治体に対し一層積極的に人材提供のアプローチをしてはどうかと提案し、筆をおくこととしたい。