活動会員のレポート

70代の生きがいとしての社会貢献 ―企業法務と歴史研究―

  大藏 おおくら 八郎 はちろう (元 東洋エンジニアリング・エフテック)


独占販売ライセンス契約のコンサルティングの後で
(右から3人目が筆者)

㈱技研製作所の固有技術図解

 昨年(2020年)、自著の執筆関連で渋沢栄一の事績を追 っているとき、彼の警句「四十、五十ははな垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら百まで待てと追い返せ」に出くわした。この句から百年たったのでアップデートすれば、卒寿で臨終のとき、「天、我をして五年の命を保たしめば真正の画工となり得べし」と呟いた葛飾北斎に戻って「五十、六十は洟垂れ小僧、七十、八十は働き盛り、ホントの仕事は九十から」だろうか?
 時代は令和となり、本格的に人生百歳の時代に入った。大学卒業後、二つの上場企業の法務に通算40年携わった後、自前の市川総合研究所を立ち上げ、JETROやABICのご紹介で2015年から3年間、全国各地、といっても主に西日本だが、中堅企業の海外進出を英文契約面から支援する仕事に没頭した。定年までの40年間、種々のトラブルや訴訟での成功経験で培われた海外ビジネスノウハウは、海外進出を目指すほとんどの日系企業へ応用できる普遍性があり、2016年に青山学院大学の国際ビジネス特別講座の講師の一員にABICから招かれ、2020年の夏は知人のつてで上智大学の社会人向けプログラムで「外資との交渉経験と知恵」を話すことになっていたが、コロナ禍のため2021年3月のZoom講義に変更された。ただこれらはあくまで余技で、現在の本業は、ABICの紹介で2019年6月に高知県の㈱技研製作所と国際法務体制構築のための顧問契約を結び、海外法人設立、海外支社の情報管理、従業員ハンドブックなどを非常勤で推進し、2020年6月には顧問契約を改訂し、現在は某国の護岸改修プロジェクトで、地元企業との協力協定、現地弁護士の選定と指導、各種契約の策定、レビューなど法務の実務を担い、技術面だけでなく法務面でも、積極的なイニシアティブを発揮し予防法務を貫いている。
 過去の2社も現在の技研も先端技術が表芸の企業だが、技術が長けているだけでは海外ビジネスの熾烈しれつな現場で勝ち残れない。法務の弱い企業は、どんなに優れた技術陣を抱えていても大きく利益を失うことは、あまたの一流企業の事例の示す通り。私の志は一貫して、日本企業が国際市場で戦い勝ち残るお役に立つことだが、技研の法務はまさにその格好の舞台となっている。というのも、国交省と内閣府がいわゆる「土堤原則(堤防は盛土により築造するという国の原則。毎年繰り返される河川堤防決壊の元凶)」から、技研の固有技術を活かす「インプラントロック堤防TM」へ、国土強靭きょうじん化のため、ようやく転換する気配を見せ始め、この技術が採用され始めれば、毎年災害で甚大な被害を被ってきた日本各地の堤防はビクともしなくなり、この技術を今後米国、EU、アジア諸国にも拡大すれば、地球規模で多くの人々が洪水災害から救われる。技研のこの壮大な事業を法務面からサポートできることは、大きな喜びであり生きがいでもある。
 一方で、2018年暮れに明治150年を期して東大安田講堂で「彰義隊の上野戦争」のシンポジウムを主宰し、2019年の11月には、シンポジウムのフォローアップとして『新彰義隊戦史』を公刊して幕末史研究に一石を投じた。これは二足のわらじなどではなく、有償の法務が主、無償の歴史研究は従たる位置付けだが、この二つは密接に関係する。両者とも複雑な利害関係のなかで人間がどう振る舞うかの問題であり、調べ、考え、その結果をコトバに表すという知的営みでは共通するし、歴史が利害関係を過去の時間の縦の流れで押さえるとすれば、法務はこれを現在時点での横の広がりで押さえる点で交錯する。チャーチルは政務の疲れを趣味の油絵で癒やしたが、政務と趣味は交錯しない。歴史研究により鍛えられる大局の洞察力は法務の遂行に実際に役に立つこと、逆に、法務の経験と蓄積が歴史分析に大変有用であることをこの頃実感している次第だが、70代に入ったいま、法務の世界で活動の場を与えて下さったABICには深く感謝している。