活動会員のレポート

日本語広場講師の楽しみ

  寺澤 てらさわ 眞治 しんじ (元 東芝)


緊急事態宣言前の対面授業の様子

コロナ禍のオンライン授業の様子

 2013年正月早朝、最後の赴任地ベトナムでの海外勤務を終えて成田空港に降り立った。
 南国暮らしで汗腺が開いた身には厳しすぎる寒さに震えながらも、心中は一介の日本人を信頼してくれたお客さまとチームメンバーへの感謝の思いで熱かった。特に、駐在生活をスタートした時、サバイバル現地語と共に、宗教への対応、安全確保の方法などを教えてくれた方々がおられたからこそ、任地が好きになれたと感謝していた。
 無事に帰国できた今は、自分が「海外への恩返し」をする時だと考えていたところ、2013年7月にABICからの案内を受けて活動会員として入会、2014年10月開講の日本語教師養成講座を受講した。講座では7人の同期生が集まり、厳しくも慈愛に満ちた先生の薫陶を受けたことは楽しい思い出である。講座修了後も年一度、同期生全員が集まり先生を囲んだ懇親会を続けている。近時はコロナ禍のため、懇親会を開催できないでいるが、ワクチン接種も進みつつある中で近いうちの再会が楽しみである。
 2015年4月より東京国際交流館における「日本語広場」の初級クラスの講師を務める機会をいただいた。「日本語広場」は東京国際交流館に居住する留学生およびその家族が日本語を学習しつつ交流を深める場であり、ABICが東京国際交流館より委託を受けて運営している。「日本語広場」での日本語教育の特徴は、決められたテキストに沿いクラスを行うのではなく、その日のクラスに参加した受講者の実力あるいは興味に応じて講義内容を切り替える方式にある。その日のクラスに誰が来るか分からないということは、事前準備に相当な時間がかかる一方、想定外の受講者が集まり、準備した内容が役に立たないことも往々にして起こる。そのようなときは講師から屈託ない笑顔を見せ、何を勉強したいか、何に困っているかを聞き出して受講者の抱えている日本語あるいは日本での生活への不安を減らすことに努めた。自分の名前がカタカナで書けたこと、子供が通っている幼稚園の先生あるいはママ友が言っている言葉の意味が分かったこと、電車の車内放送で聞いた言葉の意味が分かったことなど、受講者がうれしそうな顔をして帰っていく姿をみるのは講師冥利みょうりにつきる。「日本語広場」で日常生活に役立つ日本語を覚えてもらい、日本の生活を楽しみ、日本を好きになってほしいと思う。
 2020年はコロナ禍で対面授業の開催が厳しくなる中で、経験と知見豊かな講師よりオンラインクラス開催の提案があり、コーディネーターの支援の下、オンラインクラスがスタートした。本稿を書いている時点(2021年9月)も緊急事態宣言が続いており、対面クラスは開催できず、オンラインクラスが継続している。オンラインクラスは対面クラスに比べて、受講者全員の反応をつかむことが難しいが、反面オンラインならではの良さも多いと感じている。例えば、クラスで使う教材を事前に送れば受講者が予習できること、受講者からの質問がどんどん出ること、興味を持ったこと(映画やアニメで見た「鬼滅の刃」等)をメールで送付させ講師がこれを添削して返すこと、東京オリンピックで通訳ボランティアを務めた受講者が写真を共有し経験談を話してくれたこと等はオンラインクラスで実現できたことである。また、オンラインクラスでは参加者がさまざまな場所から参加できるため、既に帰国した受講者が海を越えて参加するクラスも実現できた。
 最近は日本企業で働くための日本語を勉強したいという受講者が増えていると思う。講師の力量が問われる日々ではあるが、さまざまな個性と価値観を持つ人々が暮らす社会を実現するお手伝いができることは楽しいことである。ABIC入会の動機であった「海外への恩返し」はまだまだ完了していない。一歩一歩、楽しんで、恩返しを続けていきたい。