活動会員のレポート

豊後道中膝栗毛

  伊藤 いとう こう (元 インテル)

 月曜朝7時30分、別府駅前発、立命館アジア太平洋大学(APU)行きのバスは、大勢の学生を乗せてひたすら坂を登り、約1時間かけて丘の上のキャンパスに到着する。2024年10月から約4ヵ月間、毎週日曜日は羽田から飛行機で大分に移動している。月曜朝8時45分からの「ロジカルシンキングとクリティカルシンキング」の授業を担当するためである。
 この授業は日本語と英語の2コマ連続で、定員300人ほどの大教室で行う。月曜の朝一番の授業は、講師も学生も寝ぼけているので、まず論理パズルを出題し、議論をしながら考えてもらうことから始める。私は大学時代、数学者に憧れて数学科に入ったものの、1年生の解析学や群論の必修授業で落ちこぼれて、数学者の夢は早々に破れた。しかしその後も論理パズルが好きで、米国のコンピューターメーカーに就職してからも、暇を見つけてはパズルを解くプログラムなどを作ったりしていた。この経験がまさかこのような形で役に立つとは思いもしなかった。
 これまで経営工学やプロジェクトマネジメントの講座は他大学で担当してきたが、今回の内容は初めてであり、毎週の100分授業に必要な教材を日本語と英語の両方で準備するのは想像以上に大変だった。またこれまで担当したクラスは、多くても20人程度だったのに対し、今回は英語のクラスだけで受講者が200人以上おり、議論を中心に進める授業運営が思うようにいかないこともあった。それでもYouTubeやChatGPTを最大限活用し、飽きずに受講してもらえるよう試行錯誤を繰り返した。特に学内システムのMoodleは、小テストやアンケートを簡単に実施でき、投稿者を識別できるのでとても役に立った。
 そして、最も憂鬱ゆううつだったのが、授業終了後の学生の評価である。学生の学びを支援することはこの上なく楽しいことだったが、総勢300人もの学生を適切に評価することは至難である。しかし、評価は講師の重要な職務の一つであり、学生にとっては最優先事項であるため、おざなりにはできない。今回の授業の目的は、知識獲得ではなく、自身で考える力を養ってもらうことなので、知識を問う問題では的外れになる。また、教科書通りの問題ではなんら新しい気付きも得られないだろう。そうした自己矛盾(パラドックス)に苦しんだ末、最終的には「ロジカル」にも「クリティカル」にもなり切れない世の中の現実を、自らが思い知らされるという大変恥ずかしい結末となった。
 もちろん、大変なことばかりではなかった。授業準備は非常に楽しく、興味を持って質問してくれる学生たちの存在は何よりの励みとなった。また、授業前後のプライベートの時間には、レンタカーで大分各所を巡ったり、別府からフェリーで愛媛や大阪に渡ったり、ゆくはしシーサイドハーフマラソン(行橋市)に参加したり、電車で岩国まで移動して観光したりと、さまざまな体験ができた。さらに、学生時代の友人と約40年ぶりに熊本で再会することもかない、心に残る思い出となった。このような貴重な機会を与えてくれたABIC大学講座グループの皆さんに、心より感謝申し上げたい。そして、来期も同じ授業を担当することが決まった。今期の反省を踏まえ、少しでも良い授業が提供できるよう努めたいと思う。
 日曜14時15分、羽田空港第2ターミナル。「ソラシドエアー95便大分行きは、ただ今55番搭乗口にて最終案内をいたしております。ご利用のお客さまは55番搭乗口よりお急ぎご搭乗ください」。毎週おなじみになったこのFinal Callを聞く機会もしばらくはないかと思うと少し寂しい。


大教室での授業の様子