現役時代にIT関連の経験があるということで、ABICからいくつかその分野の活動の機会をいただいている。ゲームソフトの輸出に関する相談では知的財産権をどう守るかを中心に助言し、また中国製ゲーム関連アクセサリーの輸入ではキャラクター所有権者との橋渡しなどを行った。その他外国企業の商談通訳や展示会アテンド、資料翻訳などさまざまだが、中でも在日オーストリア大使館の依頼によるものが多いので、ここでいくつか報告したい。
2003年5月にABICから同国のA社の商談通訳業務の募集があり、応募した。大使館の商務官に会うよう指示があり、てっきり事前の面接と思って出向いたところ、製品について質問され、即活動開始であった。製品は携帯電話などに使われるDSP(Digital
Signal Processor)用の組込型C言語コンパイラーで、NEC向けに同社が開発した技術が元になっている。すでにドイツの半導体大手等に納入実績があり、日本市場を開拓すべくEUのIT関連ベンチャーの訪日ミッションに参加し、来日したもの。通常IT関連の専門用語は英語であり、面談者同士は専門用語を並べるだけである程度意思の疎通が図れるものだが、ボランティアとは言え有料サービスとなるといい加減なこともできない。同社の会社案内書やホームページを読み、専門語の意味も日英で頭に叩き込んだ。一夜漬けである。
一週間の在日中に訪問した大手電機メーカーでは英語のできる人が応対してくれた。特にS社では日本側5人全員が英語に堪能で通訳としての出番はほとんどなかったため、会議の内容を十分理解し、会議中の日本側の雰囲気や本音の部分を観察し、製品購入の可能性の有無などむしろ今後の戦略的な展開についてのアドバイスが中心となった。このため、事前の準備なしには役目を果たせなかったと思う。一方、筑波大学では電子情報工学のW教授を訪問し、コンパイラーについて意見交換を行った。また、研究室の学生から分散トランザクション処理に必要な高速通信に関する研究成果の説明を受け、たいへん興味深い訪問となった。
6月には国際電子回路展に出展する同国の特殊鋼メーカーB社の会場通訳を行った。実装技術はハード寄りで知識はあまりなかったが、これも参考書を買って一夜漬けで対応した。ところが、折からのSARS騒ぎで展示会は大誤算。来訪者が少ないだけでなく、出展を取り止めた数社の小間が空のままという前代未聞の展示会となったが、実はB社の日本代理店がSARSのせいで展示会通訳を断ったために大使館に頼んだとのことであった。
IT関連英語の悩みは次々と出てくる新造語や略語である。しかも略語をアルファベットで話してくれれば聞き取れるが、GUI
(Graphical User Interface) を「グゥーイ」と発音したり“WYSIWYG (What You
See Is What You Get)”を「ウィズィウィグ」と発音されると略語を知っていても一瞬面食らってしまう。流行の「ユビキタス」も「時空自在」(国語研)では何のことか分かりにくい。活動を通じて感じることは、英語は比較的容易に口から出てくるのに日本語が出てこない、おのれの日本語力のつたなさである。英語を勉強する機会はCNNをはじめ数多いが、通訳に必要な日本語を洗練する機会は案外に少ないものである。
ともあれ、近所にある市立図書館の利用度が飛躍的に増すなど、言語中枢と知的好奇心が再活性化しているのを感じている。ただ次々と出てくる知的刺激量に比べ、なにぶん倉庫スペースが少なく在庫の増加を収容し切れないのが悩みだが、それでも何かのお役に立てればと出番を楽しみにしている。
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