パキスタンはアフガニスタンに最も近い国としてムシャラフ大統領の決断で9.11テロ事件以降急速に米国接近、アンチテロリストの旗頭としてクローズアップされ、最近ではインドとの雪解け外交により両国の和平ムードを高めている。現在の外貨準備高は125億ドル、2003/04年度GDP成長率は5.4%、2004/05年度の目標である6.6%は達成可能とみられ、国際機関では一様に「優等生」との判断をされている。
|
SMEDA事務所にて 左から(敬称略)
大高、宮崎、酒井(筆者)、不破、松田 |
そのパキスタン経済を担う中小企業、特に自動車部品、繊維、皮革製品、プラスチック、水産加工など軽工業のレベルアップは当国の最重要政策とされている。そうした背景の下、日本に対しシニア海外ボランティア(SV)派遣の要請が出され、これを受けてABICがグループの人選にあたり、われわれ5名のSVが2003年11月と2004年4月の2回に分けてそれぞれ1年の任期で派遣された。カウンターパートはパキスタン政府工業省傘下のSMEDA(中小企業振興庁)である。
グループのメンバー:( )内は指導科目
大高弘太郎(元 新興産業)(機械加工)
松田 章(元 ユニチカ)(原料管理)
不破 富男(元 東洋紡績)(工程管理)
宮崎 隆雄(元 ユニチカ)(電子機器加工)
酒井 邦展(元 トーメン)(コーディネーター/市場開拓)
|
縫製 |
|
|
縫製加工の指導内容を社内教材にするためビデオに記録 |
|
|
ニット |
|
|
織布 |
|
|
紡績 |
パキスタン経済の好況の一端を支えているのは同国全輸出の65%を占める繊維産業である。その原動力は世界第5位の原綿生産量と安価な労働力であるが、輸出の中心は糸・原反(織物)であり、これを加工した最終製品(縫製品)は輸出額で40%を割り込む。当国繊維産業にとってはこの付加価値のアップが最重要課題である。繊維製品の輸出先は米国、EUが中心であるが、2005年1月1日から実施のWTOによるクォータ制廃止により、中国ほか東南アジアの国々との厳しい競合にさらされることとなり、価格だけではなく品質の向上は避けて通れない深刻な課題となった。
SMEDAからの指導要請はこの繊維産業のレベルアップに対するものとなるが、大高氏(縫製加工)、松田氏(織布)、不破氏(紡績)、宮崎氏(ニット)の4名は、それぞれ40年以上の経験と実績を有する繊維工業の専門家であり、この要請にうってつけであった。
パキスタンの紡績設備は現在1,100万錘と日本の繊維産業華やかなりしころに匹敵する規模に成長し、織布においては世界最新鋭のエアージェット織機がここ数年、毎年1,000台という規模で輸入されている。しかし織布、ニット以降の工程である染色加工、縫製加工と広がる裾野はそれに相応した発展を見せていない。この裾野開発のための技術および生産性の向上がわれわれグループに課せられた任務でもある。
SVは、ある程度の視察期間を設けた後、実際の指導に着手した。分野により1工場4、5日から7日間の指導を行い、改善項目の提案を行うもので、原則として新規投資(機械の入替など)の提案は行わず、あくまで現状でどんな改善ができるかを指導することとした。われわれの指導には必ずカウンターパートから技術スタッフが付けられ、SV帰国後も同じ活動を続けられるよう同行し、指導内容を逐一勉強し、技術移転を受ける態勢をとっている。
この1年間の指導を通じて言えることは、工場長が自分の首を気にするあまり工場の実態をオーナーに報告せず、そのため機械設備に相当ガタが来ているのに放置されているという事態が散見されたことである。加えて、工場管理の原則すら守られていない工場が多く、SVの改善提案はオーナーに新鮮なショックを与えることとなった。
また、最終製品である縫製の分野ではほとんどの工場で管理者クラスの品質に対する認識が欠けており、正しい品質は何かをはっきり理解できないまま品質管理を行っている状態であり、SVの指導で初めて何が高品質かを悟ったというケースが多く見られた。
1年余りで約100工場の指導を実施し、数十社から感謝状をもらうという成果を上げ、また要請に応じ繊維技術専門学校でも講義を行うなどSVの活動は業界で高い評価を受けている。カウンターパートからはさらに1年の延長要請が出され、延長が決定し現在に至っている。
この国には繊維産業に係わる工場が3,000社以上あると言われている中、SVが回ることのできる工場の数は限られているが、指導した工場がコアとなりシナジー効果が現れることを期待しつつSVは今日もまた工場に出かける。
|