ABICの紹介で、今日まで3年近くITベンチャーM社のお手伝いをしてきました。M社の事業は電子透かし技術の開発・販売が中心です。電子透かしというのは、印刷物やビデオ映像、音声などに人が感知できない形で情報を埋め込み、真贋の判定や海賊版の摘発、著作権者を検証したりする技術です。
米国では、運転免許証の偽造防止に使われています。また、映画界ではアカデミー賞の選考委員に配布するプレ・リリース版に電子透かしを入れて、海賊版が出回ったときに、誰に配布したプレ・リリース版が不法に流用されたかを特定できた事例があります。M社は米国D社からの技術導入のためにアドバイザーを求めたもので、初出勤するやいなや、D社の契約書案の翻訳を行い、すぐに顧問弁護士との会議に同行するという慌しさでした。
この種の商談では守秘義務契約書(NDA)から始まり、ライセンス契約書の締結に至りますが、経済的条件に加え、特にIP(知財)使用権の範囲、機密保持義務、補償義務など細かな規定が多く、私の主な仕事は英文ドラフトの邦訳と契約相手との折衝の通訳などでした。もちろん、私は弁護士免許を持たないので法的な助言はできず、最終チェックは顧問弁護士に依頼します。
難儀したのは邦訳です。アルク社の英辞郎(http://www.alc.co.jp)や法律英語辞書等も利用しますが、訳語が見つかっても、その訳語の意味が難解で説明を要する場合が多いのです。例えば、契約文の冒頭によく出てくる“in
consideration of〜”は、「〜を約因として」と訳されます。米国ハーバード大ではこの約因の意味を説明せよという試験問題が出るほどやっかいな言葉です。estoppelの訳語である禁反語というのも耳慣れない言葉です。よく使われるproprietaryという言葉も訳し難い言葉です。法律用語が難しいのは司法試験を難しくするためなのではないかと勘ぐりたくなります。
その後、1年間の約束で監査役を引き受けましたが、今、思い出しても冷や汗が出そうな失敗は、国内の取引先との争いで顧問弁護士が訴訟を避けて示談での解決を勧めてきたときのことです。私はてっきり弁護士のメールが私宛に社内転送されたものと思い込み、管理部長への返信のつもりで、「同弁護士は配慮の行き届いた弁護士だと思う」と伝えました。ところが、このメールは弁護士が管理部長と私宛に出したもので、私の返信は弁護士にも直接届いていました。同弁護士から、「お褒めいただき恐縮しています」との丁寧な返信をもらい、冷や汗が背筋を伝いました。悪口を書かずに本当に良かったと胸をなでおろしたものです。
昨年の12月で約束どおり監査役を降り、週3日出勤も終わりました。この2年半、IT業界の最前線に身を置かせていただき、退化する脳をいくらか活性化でき、若い社員と共に風通しの良い組織で楽しい活動ができました。退任後も引き続き非常勤のコンサルタントとして以前にも増して協力を求められることが多く、結構忙しくしています。(1)特定分野業界の、(2)英語力と、(3)契約書作成という3つの経験・知識を併せ持つ人材への需要は案外と多いのではないでしょうか。ABIC会員の積極的な活動参加に期待します。
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